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山口地方裁判所下関支部 昭和52年(ワ)40号 判決

原告

島村多勿

被告

株式会社エヌシーエー

主文

被告は原告に対し金一三九万四九八四円及びこれに対する昭和五一年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決第一項は、原告が金四五万円の担保をたてたときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し金二六九万二八八二円及びこれに対する昭和五一年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  (一)につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告は、自動車運転手二名を雇い鮮魚の運搬を業としていたものであるが、昭和五一年七月二二日午後三時三〇分ころ島根県浜田市周布町周布大橋東詰先国道九号線において、原告の従業員村岡潔が運転し同じく松村正が同乗していた原告所有の普通貨物自動車に、被告の従業員である吉田健治の運転する普通貨物自動車が追い越しをしようとして接触し、右原告の普通貨物自動車が破損し、かつ、原告の従業員二名が大怪我をしたため、次のとおりの損害を被つた。

(二)  原告の損害

1 鮮魚運送の業務不能による損害 九〇万二二八八円

原告は、二人の運転手を雇つて下関市内の七つの鮮魚取扱商から依頼を受けて阪神、山陰方面に向けて鮮魚の運搬をすることを業として営んでいた。ところが、右事故の結果二人の運転手が入院し運転業務に従事することができず、しかも、長距離で夜間運行の鮮魚運搬の運転手二人の雇い入れが八方手を尽しても不可能であつたため、同年八月、九月の二か月間は、原告の鮮魚運搬の営業が全く不振となつた。原告の同年三月から六月までの鮮魚運搬の総売上高は、五五五万八三五五円で一か月平均一三八万九五八九円である。「商工庶業等所得標準率表」によると、売上の五〇パーセントが利益であるから、原告の営業の利益は一か月で六九万四七九四円、二か月で一三八万九五八八円である。ところが、原告の同年八月、九月の二か月間の実際の利益は四八万七三〇〇円であつた。そのため、原告は、右二か月間にその差額に相当する九〇万二二八八円の損害を被つた。

2 鮮魚運搬業務の廃止に伴う損害 二二万四九七四円

原告は、鮮魚運搬に必要な運転手を結局確保できず、同年一〇月段階で鮮魚運搬の営業の廃止の止むなきに至つた。そのため、原告の同月の売上は九四万円、利益は四七万円に止まつた。原告の一か月の通常の利益は前叙のとおり六九万四七九四円であるから、原告は、同月中にその差額に相当する二二万四七九四円の損害を被つた。

3 車両修理代 九七万五六二〇円

4 事故に伴う車両の評価損 三四万円

5 弁護士費用 二五万円

原告は、被告が支払に応じないので、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その処理費用として二五万円を支払う旨約束した。

6 慰藉料 一〇〇万円

原告は、本件事故により営業が順調にいかなくなり、ついに昭和五一年一〇月段階で鮮魚運搬業務の廃止のやむなきに至つたものであり、その精神的苦痛を慰藉するものとしては、少くとも一〇〇万円は必要である。

7 原告は、以上合計三六九万二八八二円の損害を被つたが、被告から既に一〇〇万円を受領しているので、原告の損害残額は二六九万二八八二円となる。

(三)  本件事故は、被告従業員である車両運転手が、追い越しに際しての注意を怠つた結果発生したものであるから、民法七一五条一項本文により、被告がその責任を負うべきである。

(四)  よつて、原告は被告に対し損害賠償金二六九万二八八二円及び本件事故の翌日である昭和五一年七月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(一)  請求の原因(一)については、原告主張の日時場所において自動車の接触事故が発生した事実は認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同(二)の1、2は争う。但し、原告の二人の運転手が入院した事実のみ認める。原告は、鮮魚運搬による利益が一か月六九万四七九四円であると主張するが、この数字は全く根拠のないものである。原告自身の税務署に対する年間申告所得金額が、昭和五〇年度八〇万円であり、昭和五一年度六〇万円であるとすれば、実際の所得金額は納税申告額に限定されないとしても、客観的には右金額は推定根拠となる。又、売上の五〇パーセントが利益であることも、個人事業者として原告本人の寄与率が一〇〇パーセントであることも経験則上承服し難い。更に、原告は、本件事故により業務廃止の止むなきに至つたというが、実際の廃止理由は、借金のための倒産であり、又、原告が道路運送法違反の鮮魚運搬業者であつたから、その取り締まりが厳しくなつたため業務を継続できなくなつたためであつて、本件事故と相当因課関係はない。

同(二)の3、4は否認する。車両修理代は五〇万一一二〇円である。又、車両が修理された以上車両の評価損は更に請求できない。

同(二)の5は知らない。

同(二)の6については、本件事故は原告の人身事故でないから、特別の事情がない限り原告は慰藉料を請求することはできない。

被告が原告に一〇〇万円支払つたことは認める。

(二)  同(三)については、本件事故に関する被告側の過失はこれを認める。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  原告主張の日時場所において、原告所有の普通貨物自動車と被告従業員の運転する普通貨物自動車とが接触する交通事故が発生したことについては、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一六、第一七号証及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によると、右原告所有の普通貨物自動車は、原告の従業員で運転手である村岡潔及び松村正が乗車していて、当時村岡潔が運転していたこと並びに右事故により原告の右車両が破損し、原告の右従業員二名が傷害を被つたことが認められる。

二  そして、右交通事故が、被告従業員が前車である原告車両を追い越すに当つての注意を怠つた過失に起因するものであることは、当事者間に争いがなく、又、当時、被告従業員が被告の業務の執行として車両を運転していたものであることは、被告はこれを明らかに争わないので、これを自白したものとみなすべきである。それ故、被告は、使用者として原告が本件交通事故によつて被つた損害の賠償義務がある。

三  そこで、原告の損害について検討する。

(一)  鮮魚運送の業務不能による損害

原告本人尋問の結果(第一、二回)によつて真正に成立したものと認められる甲第二ないし第一一号証及び右尋問の結果(第一、二回)によると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、本件事故当時、二人の運転手を雇用し、車両二台を保有し、自らも運転に従事して鮮魚運搬業を営んでいたが、本件交通事故の結果二人の運転手が傷害治療のため同年一一月末まで入院し車両の運転に従事することができず、かつ、代りの運転手の雇い入れが手を尽しても不可能であつたため、同年八月、九月の両月は業績が全く不振であつた。

2  原告の同年四月ないし六月の事故直前三か月間の営業収入は、四月一四五万六八二五円、五月一四一万五六七〇円、六月一二八万七五〇〇円の合計四一五万九九九五円であるから、その一か月平均は一三八万六六六五円である。そして、売上の五〇パーセントが利益であるので、原告の右期間内の一か月の平均利益は六九万三三三二円である。

3  しかるに、原告の同年八月、九月の二か月間の売上は、八月四七万五〇〇〇円、九月四九万九六〇〇円の合計九七万四六〇〇円であり、従つて、その間の利益は四八万七三〇〇円であつた。そのため、原告は、右二か月間において八九万九三六四円の損害を被つた。

(二)  鮮魚運搬業務の廃止に伴う損害

原告は、本件交通事故のため同年一〇月営業廃止の止むなきに至りそのため更に損害を被つた旨主張する。成程、原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告は同年一〇月末ころから本件事故関係以外の負傷もあつて、それやこれやで結局倒産して営業廃止の止むなきに至つた事実が認められる。しかしながら、右尋問の結果によると、被害車両の修理も事故後二〇日以内にはでき上がつていることが認められる。そして、通常本件事故程度の被害によつて一般の運送業者が必らずしも営業廃止にまで追い込まれるものではなく、事故後二か月もあれば新規運転手を雇い入れるなりあるいは他の代替手段を講ずるなりして営業を継続して行くことが可能である場合が多いと考えられる。それ故、原告の同年一〇月における倒産は何らかの特別事情に基づくものと推認され、原告としては、同年一〇月における営業廃止に伴う損害を本件交通事故による損害として被告に請求することはできないものというべきである。

(三)  車両修理代

成立に争いのない乙第一号証の二、三(甲第一二、第一三号証と同一。)及び原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告が本件事故による原告車両の修理費として九七万五六二〇円を支払つたことが認められ、乙第一号証の一も右認定を左右するに足りない。

(四)  事故に伴う車両の評価損

本件全証拠によるもこの点の原告主張事実を認めるに足りない。

(五)  弁護士費用

弁論の全趣旨により本件弁護士費用としては二二万円が相当であると認められる。

(六)  慰藉料

原告本人尋問の結果(第一、二回)及び叙上認定事実に照らすと、原告は、本件交通事故により、運送業の営業の維持、被告との折衝、積荷の荷主との交渉などで多大の精神的な心労を受け、その慰藉料としては三〇万円が相当であることが認められる。

(七)  以上原告の損害合計は二三九万四九八四円となるところ、被告から原告に対し既に損害賠償金として一〇〇万円が支払われていることは当事者間に争いがないから、その金額を控除すれば、原告の損害残額は一三九万四九八四円となる。

四  それ故、被告は原告に対し、損害賠償金一三九万四九八四円及びこれに対する本件事故後の日である昭和五一年七月二三日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

五  そうすると、原告の被告に対する本訴請求のうち右の範囲内にあるものは理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武波保男)

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